懐かしのケロリン
先日、行政のポスターをながめていたら、銭湯の割引案内があった。70歳以上の特典で、もちろん私も該当者である。申し込めば520円の銭湯料金(東京都)が200円になる。手続きをしたら数週間後、クーポン、冊子が届いた。利用回数には制限があるものの銭湯の大浴場はいかにも魅力である。
さっそく出かけてみた。コロナ禍に加え、ここ十数年皮膚病に悩まされ、肌が見るも無惨な状態であったから遠慮していたが久しぶりの銭湯は実に気持ちがよい。おなじみの黄色いケロリン桶も健在であった。この桶には思い入れがある。連載記事を書いた記憶がある。
その思い出を綴る前に、「富山めぐみ製薬」(かつての内外薬品など)のホームページ、記事を紹介したい。2013年にアップされた内容が衝撃的である。
「3月18日付けで、ケロリンの広告入り湯桶会社である睦和商事が経営破たんしたとの報道がありました。弊社は、長年、睦和商事にケロリンの湯桶広告掲載を委託してまいりましたが、昨年11月にケロリン湯桶の販売・配布展開を睦和商事から弊社に移行することを話し合いの上決定いたしました」
破たん? 記事中の有限会社「睦和商事」、社長兼社員が山浦和明さんであった。広告入り湯桶を発案した「ケロリン桶の父」である。もとは置き薬として知られたケロリンだが、全国薬局への進出を目指す過程で山浦さんのアイデアに乗り大当たりした。
山浦さんの事務所(東京・江戸川区=当時)を訪ねたことがある。壁一面に日本地図が貼りだしてあり、その温泉地のひとつひとつにチェックが入っていた。自ら車にケロリン桶を積み、たった一人で、飛び込みの銭湯、温泉宿、ホテル、レジャー施設一軒一軒に湯桶を売り込んだ。訪ねた場所には赤い印を付け、地図は真っ赤に染まった。
山浦さんはケロリン桶の開発にも携わっている。温泉、銭湯の、毎日の使用に耐える強度、印刷技術に腐心した。熱湯で文字が擦れたり、滲むようであってはならない。群馬県のプラスチック工場に足を運び、その特殊加工に精通した。
私が取材した当時、湯桶だけではなく「ケロリン」をあしらったタオル、ストラップなどグッズ類がにわかに大人気となり山浦さんは得意満面であった。しかしそこは成り上がりの傲慢さはなく、ひたすら「ケロリン桶」を普及させたいという、掛け値なしの情熱を見せてもらった。
信用調査の東京商工リサーチによると、「睦和商事」はピーク時の年商約1億3000万円も銭湯の減少により営業不振。平成24年4月期年商は約4200万円に落ち込み、事業を停止した。2度の資金ショートを起こした、とある。
山浦さん、御元気ならば当年82歳。不屈の人はいかばかりか。
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