ASA経堂
新聞に載らない内緒話

「わたくし、生まれも育ちも」


 正月映画といえば寅さん、「男はつらいよ」であった。劇場で観たことはない。

  暗がりで1時間も2時間も過ごすのが苦手で、私の映画遍歴は本当に貧しい。大学時代、銀座並木座で観た黒沢映画全作品がピークであろうか。

 「男はつらいよ」は後年、テレビで全て観た。家人が筋金入りのファンで付き合わされ、笑い転げ、涙した。国民的娯楽映画であった。

 「俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ わかあっちゃいるんだ妹よ」はあまりに有名な主題歌だが、シリーズ第2作での歌い出しは、

 「どぶに落ちても根のある奴は いつかは蓮の花と咲く」になっている。

 第1作で妹・さくらがめでたく結婚したため、新しい詞を用意したのだろう。第4作では、

 「どおせおいらは底抜けバケツ わかあっちゃいるんだ妹よ」となり、以後第5作から48作まではおなじみの、

 「どおせおいらはヤクザな兄貴 わかっちゃいるんだ妹よ」が定番になった。

 作詞は星野哲郎である(作曲・山本直純)。山田監督からはストーリーの進展に伴い新たな歌詞を各章節ごと、いくつも求められたそうだ。ぼんやり聞いていた主題歌だが、読み比べてみて初めて知った。

 「愛唱歌ものがたり」(読売新聞文化部・岩波書店刊)にこんなくだりがある。

 「(星野哲郎の)取材中、その(歌詞)一覧表を見せると、自分でも忘れていた詞があるらしい。コピーを取らせてくれと所望された。『笑いで皆を元気づけられる』人に、作詞家も久々に会いたくなったようである」。

 作詞家も忘れるほど、その主題歌は幾度も手を入れさせられた。

 渥美清は俳句を詠んだ。俳号は「風天」(フーテン)。寅次郎を愛し、かつ寅次郎の呪縛に抗った孤独な人生がかいま見える。

 私が好きな一句、「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」。

 彼の年末年始はこんなようであったらしい。

 「テレビ消しひとりだった大みそか」

 「いみもなくふきげんな顔してみる三が日」

 年が明けた。さて、どんな時代が待っているのだろう。前向きに生きたい。

 「何というかな あぁ生まれてきて良かった、そう思うことが何べんかあるだろう。

 そのために生きてんじゃねえか。そのうちお前にも そういう時が来るよ、な? まあ、がんばれ。」

 第39作「男はつらいよ 寅次郎物語」に出てくるセリフである。

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