タバコ、煙草、莨
高校生の時分にはいっぱしで、弁当を食べ終わると学校のトイレにこもり、ショートホープ(ショッポと略していた)をふかしていた。以来、煙草とは縁が切れずにいる。
タバコは南アメリカ原産の植物で、それがスペインに伝わり、日本には安土桃山時代に輸入された。漢字で「煙草」と書くのが一般だが、他にも「烟草」や「莨」、「淡婆姑・丹波粉・多葉粉・相思草・南霊草・金糸烟・糸煙」などもある。
「烟草」の烟は、たちこめるの意。「莨」は中国では毒草、「丹波粉」は語呂合わせではなく、日本で初めて栽培された丹波に由来するそうな。
そもそも外来語であったから、当て字が豊富になった。それだけ庶民にはびこった証左でもある。
古典芸能にも結びつき、例えば落語は扇と手ぬぐいでその所作を演じる。扇子をキセル、手ぬぐいをタバコ入れに見立て一、二服喫んで架空のタバコ盆へトントンと灰を落とす。「あくび指南」「浮世床」「芝濱」など数多の噺はタバコのシーン抜きには語れない。もっとも最近の、大学出の噺家さんはハナっからの禁煙派ばかりと聞くから、キセルなど使いこなせるかどうか。そう言えば、不正乗車を「キセル」と呼んだのは遠い昔、今日日(きょうび)は死語である。
「おかみさんへ、お富さんへ、いやさお富、久しぶりだなあ」は、歌舞伎「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」での、切られ与三の名セリフ。
かつての恋仲、死を賭したいきさつにもかかわらずぬくぬく暮らすお富に「しがねぇ恋の情けが仇」、「死んだと思ったお富が生きていたとは、お釈迦様でも気が付くめえ」――お富への愛情が募るばかりに、なじり続ける与三郎の片手に握られたキセルからは、ただただ紫煙がたゆとうばかり。弁天小僧も助六も、歌舞伎はキセルを振り回すのが当たり前なのだ。ちなみに落語は扇子と手ぬぐいだが、歌舞伎は本物の煙を出す。酒はカラで飲んでいるのに、紫煙だけは火が付いている。
10月。煙草がまた、値上がった。いよいよ年貢の納め時と諦めかけてはいるが、それでも先月は2カートン買い込んで、値上げに備える往生際の悪さである。全盛期に比べたら喫む本数は微々たるものだが、それでも何となく「死ぬまで喫み続けるだろうな」という予感はある。
もはや絶滅危惧種扱いだが、だからこそ大手を振る落語、歌舞伎が羨ましい。
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